つい先日、味の素に関するBuzzFeed Japanの考察記事をアップしたばかりだが、ネット上では、ホリエモンこと堀江貴文氏やこめお氏、平本蓮氏も参戦した味の素の是非騒動、内海聡医師による味の素=覚醒剤と同じ扱い騒動など、XやYoutubeを中心にうま味に関する話題がひっきりなしだ。
当事者同士は味の素の科学的理解というよりは感情面の応酬が目立ち、傍目からは寸劇のようにも見えるが、より残念なのは、詳細を持ち出して真剣で斬り合っているコメント欄だ。基本的に言いっ放しになっており、(無自覚な)科学的誤りが大小混ざったまま拡散していく様子は見るに耐えない。
さて、話題の内海氏の発言動画について。本編と思われる関連動画も確認したが、科学的根拠に乏しい主張にしか思えなかった。まるで常識のように扱われていたが、筆者の認識では、最新の研究でも、うま味物質が脳に与える影響の全容は解明されていないのが現状だ。同氏がうま味物質と脳の関係性に着目したこと自体は今後の研究トレンドの上で有益な面もあるので否定はしないが、覚醒剤と同じと宣った内容には”現役医師が発言”した権威性以外に具体的なエビデンスが伴っていなかった。つまり、そこで信用性の判断は終了と言えるのだが、それよりも実は、このXの投稿に付けられたコミュニティノート(※)の方にこそ問題があった(2025年3月18日現在)。
※コミュニティーノート:誤解を招く可能性のあるツイートに、ユーザーが協力して背景情報を追加できる機能。
まず、投稿直下に「このツイートは誤解を招く可能性があります。」と注釈のようなものが付けられているが、実は、その注釈自体に誤解を招く内容が含まれている。しかも、その誤解が内海氏の発言をむしろ支持する理解を生むことにも注意されたい。以下に【正誤表】と【所感】、【内海氏とコミュニティノートの理解の違い】をまとめていく。
【正誤表1-1】
誤:MSG(グルタミン酸ナトリウム)は昆布やトマトなどに含まれるうま味成分と同じもの
正:MSG(グルタミン酸ナトリウム)は昆布やトマトなどに含まれるうま味物質グルタミン酸とナトリウムが結合した化合物
【所 感1-1】
考察記事を読まれた方には定番の誤りと言える。ここではうま味物質本体のグルタミン酸と、それにナトリウムが結合したグルタミン酸ナトリウムが混同されている。うま味成分を指す場合は、グルタミン酸単体を挙げるのが適切である。
【内海氏とコミュニティノートの理解の違い1-1】
あり。グルタミン酸とナトリウムを切り分けて捉えている内海氏の理解の方が正しい。コミュニティノートは「うま味」の理解の前提部分が不正確なため、否定のための主張としては苦しい。
【正誤表1-2】
誤:(MSGは)自然界にはこの形では存在しませんが、調味料として広く利用され、安全性も確認されています。
正:(MSGは)自然界には食物中にグルタミン酸イオンとナトリウムイオンの動的平衡状態(※)で存在します。調味料として広く利用され、安全性も確認されています。
【所 感1-2】
MSG(グルタミン酸ナトリウム)は昆布やトマトなどに含まれるうま味成分と同じものであると自ら述べておきながら、自然界に存在しないでは矛盾する。昆布やトマトなどに含まれるうま味物質グルタミン酸はそのほとんどが遊離型でMSGではないが、食物中にはナトリウムやカリウムなどの金属イオンも含まれるため、※細胞内のpHやナトリウムイオンの濃度などの条件によっては結合してMSGになったり、解離して遊離型に戻ったりという動的平衡状態であることが考えられる。その意味で、科学的には自然界にも存在するというのが妥当である。
【内海氏とコミュニティノートの理解の違い1-2】
なし。両者ともMSGの形態では自然界に存在しないという点で一致しており、コミュニティノートは内海氏の主張をむしろ後押しする格好になっている。
【正誤表2】
誤:MSGが通常の摂取で脳に悪影響を与える証拠はありません。
正:MSGが通常の摂取で脳に悪影響を与える証拠は現時点でありませんが、今後、新たな知見が得られる可能性もあります。
【所 感2】
「証拠はありません」と断言するには、さらなる検証の余地がないことが求められる。2023年の研究「塩味とうま味の相乗作用を司る脳内報酬系メカニズム」(大阪大学・小澤ら)では、うま味と塩味の組み合わせでマウスに与えたところ、脳の快楽物質ドーパミンの分泌が大きく増加したというデータがある。これを作用機序の異なるヒトにそのまま当てはめることは出来ないが、近年の研究では、ヒトもマウスと同様にうま味+塩味で明らかな嗜好性上昇が確認されていることから、そのメカニズムについては、脳の報酬系への影響の観点から解明が待たれるというのが公平な考え方ではないだろうか。
【内海氏とコミュニティノートの理解の違い2】
あり。内海氏の主張は科学的根拠を伴わない既成事実的な語り口であるため説得力に欠くが、コミュニティノートも新しい知見への考慮が見られない。両者ともポジショントークの様相を呈しており、柔軟な姿勢であるとは言い難い。最新の研究には経口摂取したグルタミン酸がヒトの脳にどう働きかけるのかという視点も見られ、今後得られる知見には留意するべきというスタンスが妥当であろう。
【正誤表α】
誤:MSG occurs naturally in many foods, such as tomatoes and cheeses.
正:MSG occurs naturally in many foods, such as fermented foods and cheeses.
【所 感α】
指摘は海外にも及ぶ。コミュニティノートの根拠資料としてリンクされたと思われるが、FDA(アメリカ合衆国・食品医薬品局)の資料にも誤解を招く表現が見られる。和訳すると「グルタミン酸ナトリウムはトマトやチーズなど多くの食物中に自然に存在する」となるが、トマトに含まれるのは基本的に遊離型グルタミン酸であり、MSGとは言えない。チーズに含まれるのは発酵や熟成で増加した遊離型グルタミン酸と、製造時の加塩によって濃度の高まったナトリウムと一部結合したグルタミン酸ナトリウムが考えられる。つまり、グルタミン酸の存在形態に対する理解不足が性質の異なる食物を誤って同列化してしまったというわけだ。したがって、MSGを主語にする場合、発酵食品やチーズなどの食物には自然に含まれるとするのが妥当である。ちなみに、コミュニティノートは「自然界にはこの形(=MSG)では存在しません」と断言しているので、そもそも根拠資料と主張が食い違ってしまっている。
【内海氏とコミュニティノートの理解の違いα】
なし。両者ともMSGはその形態で自然界に存在しないと主張している。しかしながら、FDA資料には存在すると表記されており、おそらく、その三者において遊離グルタミン酸とMSG(=グルタミン酸ナトリウム)の存在形態への科学的理解が曖昧だったと思われる。比較しやすいように図表を作成した。誤り及び不正確な部分を赤字、適切及び妥当な部分を青字で表している。
[主張者] | グルタミン酸 | MSG(グルタミン酸ナトリウム) | 注目点 |
---|---|---|---|
内海氏 | 食物中に存在 | 自然界に存在しない | FDA資料と対立 |
コミュニティノート | MSGと混同? | 自然界に存在しない | 自己矛盾、FDA資料と矛盾 |
FDA | 食物中に存在 | トマトやチーズ等に存在 | 科学認識が不正確 |
総 括
いずれも「うま味」に対する科学的な理解不足が招いたものであり、また、BuzzFeef Japanの考察記事で取り上げた過去の誤情報との類似性を考慮すれば、コミュニティノートに記された情報は間違ったまま流用されてきたというのが本質かもしれない。ただし、今回はその不適切な内容が公共に対する訂正(の主張)として機能している点が大きな問題である。
最近のネット上の味の素論争を見ると、公式や専門家が適切な科学的見解を提示せず、議論のステージが大衆の感情論に終始しているように思えてならない。その結果、ある種のプロモーション的な二極化(例:キノコ派 vs. タケノコ派のような構図)が進み、一方で熱烈な支持者たちの結束が強まり、また一方では否定派の者たちが声高に不使用の決意表明をするといった不毛な分断現象を見て取れる。
今回、覚醒剤と安易に同一視されたことについては、味の素社は当然科学的な見解を以て毅然と抗議するべきとは思うが、その前に、こういった見当違いの指摘が衆目を集めかねない消費者サイドの「うま味」の曖昧な理解の実態を認識し、積極的な広報活動などを通じて改善を図っていくことも重要である。そして、新たな騒動を未然に防止するためにも、SNS時代の感情的な情報拡散のメカニズムを把握し、今後の科学コミュニケーションのあるべき姿の模索という課題にも目を向けなければならないのではないだろうか。
参考資料:
https://www.saltscience.or.jp/images/2023/09/J_2146.pdf
「塩味とうま味の相乗作用を司る脳内報酬系メカニズム」(2023 大阪大学・小澤ら)
https://www.mdpi.com/2072-6643/13/2/577
「Effect of Monosodium Glutamate on Saltiness and Palatability Ratings of Low-Salt Solutions in Japanese Adults According to Their Early Salt Exposure or Salty Taste Preference」(2021 森田ら)
https://www.saltscience.or.jp/images/2023/07/2017_1-saito.pdf
チーズ造りと塩類のマリアージュ(2017 東北大学・齋藤)