コラム

考察:BuzzFeed Japanの記事『フェイクニュースと闘う味の素』の科学的誤りはなぜ生じたか

本稿では、月間ユニークビジターが3500万人を超えるという人気サイトBuzzFeed Japanに2018年時に掲載された「フェイクニュースと闘う味の素」という記事の内容を精査し、科学的な誤りを指摘する。この記事は多くの人に誤解を与えかねない内容を含み、特に「グルタミン酸塩=うま味」という誤認識ないしは誤表記が散見される。具体的にどこが問題なのかを詳しく解説すると共に、それが単純な誤りではなく、根底には日本語話者に共通するやむを得ざる内言語的な干渉が関係している可能性にも言及する。

 本稿を執筆するに当たり、当該記事が誤った内容のまま知名度の高いサイトのコンテンツとして長期間維持され、我々一般大衆のうま味に対する正しい理解を今後も阻んでいくものと判断したこと、また、Youtube等で有名な料理研究家リュウジ氏が当時X(旧Twitter)で同記事を引用し、発信力の高い著名人を含む多数のフォロワーへ誤った情報がすでに拡散してしまった実状と、また情報発信の今後のあり方を啓発する観点から、敢えて記者名と肩書を伏せずに書き記していく。まずは全文に目を通して頂き、書かれた情報からどのような印象を持つか、一度考えてみてほしい。

 なお、この記事は、2018年9月に味の素社が米国ニューヨーク市で開催した第1回 WORLD UMAMI FORUMをレポートしたもので、味の素社の公式サイトには、料理研究家や大学教授による講演、「MSGの誤解を解く」と題したパネルディスカッションなどが行われたと書かれている。

 記事に目を通した瞬間、近年うま味のあり方について考察している筆者は言葉を失った。科学ジャーナリスト・松永和紀氏によって書かれた内容は「うま味」に関する科学的な精緻さを欠いた部分が散見され、このままでは一般の人たちが「うま味」を理解する上で大きな障害になると確信した。

 以下筆者による指摘だが、それぞれ本文中のおおよその開始行数(表示端末によって異なるため)と指摘箇所【形成され得る読者の印象】【正誤表】【所感】【疑義】で構成されている。なお、うま味物質グルタミン酸は正確にはL-グルタミン酸だが、本稿ではL-を省略している。


44行目周辺  昆布などの中性の食品の中では、グルタミン酸はナトリウムやカリウムなどと結合して存在し独特の味を持ちます。池田教授はそれを「うま味」と名付けました。
※引用元(BuzzFeed Japan

【形成され得る読者の印象】
グルタミン酸は昆布などの中性の食品の中ではナトリウムやカリウムなどと結合して存在し、そのグルタミン酸ナトリウムやグルタミン酸カリウムの独特な味を「うま味」と池田教授は名付けた。

【正誤表】
(1)
:昆布などの中性の食品の中では、グルタミン酸はナトリウムやカリウムなどと結合して存在し
:昆布などの中性の食品の中では、グルタミン酸は主に食物中にアミノ酸の形で遊離しているか、ナトリウムやカリウム等の金属イオンと結合しているか、タンパク質に結合する形で存在し

(2)
グルタミン酸はナトリウムやカリウムなどと結合して存在し独特の味を持ちます。池田教授はそれを「うま味」と名付けました。
池田教授は昆布の浸出液から単離した遊離型グルタミン酸による味覚を「うま味」と名付けました。

【所 感】
(1)は不十分な表現。グルタミン酸塩だけが食物中のグルタミン酸の存在形態ではない。
(2)は完全なミスリード。グルタミン酸がナトリウムやカリウムと結合して出来たグルタミン酸塩は、口腔内では唾液や水分を溶媒とし、陰イオン化したグルタミン酸が舌の味蕾他にある味覚受容体(T1R1/T1R3)を通じて、また陽イオン化した金属は各イオンチャネル等を通じてそれぞれ別個に呈味性を示すため、結合する金属の種類ごとに「独特の味がする」と一括りに言えなくもないが、池田教授が「うま味」と命名したのは、飽くまでグルタミン酸単体の味覚であり、グルタミン酸塩のそれではない。ネットで公開されている池田教授の当時の学会原稿(p3:1~3行目)でも、うま味を指して「C5H8NO4-=グルタミン酸の味」とはっきり記述されている。更に言えば、味覚受容体(T1R1/T1R3)に結合するのは、イオン化したグルタミン酸なので、ナトリウムとの化合物であるグルタミン酸塩の味を「うま味」と名付けたと解釈できる表現は不適切である。

【疑 義】
食物中に含まれる金属の代表例としてナトリウムやカリウムが挙がること自体に違和感は無い。しかし、グルタミン酸の食物中の自然な存在形態がグルタミン酸塩のみであるかのような(1)の表記はうま味物質の存在形態に対する科学的な理解の画一化を招くものである。また、グルタミン酸塩自体あるいはその味がイコールうま味そのものであると誤解されかねない(2)の表記は科学ジャーナリストとしては少々慎重を欠いたものではなかろうか。登壇した海外パネリストの解説が不明瞭であったか、松永氏が原語を誤訳した可能性も考えられるが、少なくともレポートでこれらの表現をする上で科学的な裏付けを十分に取れていなかったのは明らかである。


49行目周辺  タンパク質の多い食品を発酵や熟成、乾燥などして加工すると、アミノ酸のつながったものであるタンパク質の一部は分解され、グルタミン酸が遊離し食品中のナトリウムやカリウムなどと結合してうま味となるのです。
※引用元(BuzzFeed Japan

【形成され得る読者の印象】
タンパク質から分解されたグルタミン酸はナトリウムやカリウムと結合することで「うま味」になる。

【正誤表】
:グルタミン酸が遊離し食品中のナトリウムやカリウムなどと結合してうま味となる
:グルタミン酸が遊離し食品中のナトリウムやカリウムなどと結合してうま味物質を構成成分とする化合物(=グルタミン酸塩)となる。

【所 感】
この場合のうま味物質本体は遊離したグルタミン酸であり、ナトリウムやカリウムと結合したものは、うま味ではなくうま味物質を”構成成分とする”化合物=グルタミン酸塩である。この書き方ではグルタミン酸とナトリウムやカリウムが結びついた化合物=純粋なうま味物質というミスリードになる。

【疑 義】
44行目の表記にも共通しているが、当時の松永氏はグルタミン酸塩=うま味物質という誤った科学的認識を持っていた可能性も考えられる。グルタミン酸塩=うま味物質+ナトリウム他の化合物という認識は中学校レベルの基礎化学の知識があれば可能であり、徹底してグルタミン酸塩をうま味とイコールで扱っているのは化学の常識的に考えて理解しがたい。


55行目周辺  自然のうま味とMSGは同じなのに、なぜMSGは嫌われる?
※引用元(BuzzFeed Japan

【形成され得る読者の印象】
MSGは自然のうま味と同一の物(または物質)である。

【正誤表】
自然のうま味とMSGは同じなのに、なぜMSGは嫌われる?
:食物中に自然に存在するうま味物質を構成成分とする化合物とMSGは同一の化学的組成なのに、なぜ嫌われる?

【所 感】
MSGが引き合いに出されているので、グルタミン酸を基準とし、自然のうま味を”自然に存在するうま味物質”とすれば、それは単純に食物中に遊離しているグルタミン酸、または熟成や発酵等でタンパク質から分解されて遊離するグルタミン酸のことである。食物中のナトリウムやカリウム等と結合したグルタミン酸塩として含まれるものも、うま味物質を構成成分とする化合物というニュアンスであれば自然の範疇と言えよう。対して、MSGは文脈的にはグルタミン酸とナトリウムを人工的に結合させたグルタミン酸塩を指し、食物中に存在するうま味物質を構成成分とする化合物と同一の化学的組成ということは確かに言える。ただし、同様に食物中に存在するその他の金属(カリウム、マグネシウム、カルシウム等)もグルタミン酸と結合し得る上、イノシン酸やグアニル酸などの他のうま味物質の存在を考慮すれば、ナトリウムとだけ結合したMSGをうま味物質を構成成分とする化合物の唯一例かのような表記(自然のうま味とMSGは同じ)をせず、より広汎かつ公平に扱うべきであろう。

【疑 義】
この表現を用いたことで、当時、松永氏がグルタミン酸塩=うま味物質であるという誤認識ないしは同一視をしていた可能性がより高まった。
https://oishi-kenko.com/articles/shokunoanzentokenkou06
↑本稿執筆中に松永氏の別記事(2021年6月25日公開)を発見したが、文中に「グルタミン酸ナトリウムを主成分に、イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウムを少し混ぜたものです。これらは「うま味」と呼ばれる化学物質です。」とあり、同氏が2018年当時から2021年にかけて、実態としてうま味物質にナトリウムが結合したものをイコールうま味物質と誤認識していた可能性が高い。
https://toyokeizai.net/articles/-/849522?display=b
↑同氏のこの記事(2025年1月4日公開)では、「グルタミン酸がうま味の素」と表記されている。何らかの認識の変化があったとすれば筆者としても幸いである。


58行目周辺  食品を口にしてうま味を舌で感じたら「この食品はタンパク質が多い」ということを意味します。
※引用元(BuzzFeed Japan

【形成され得る読者の印象】
うま味があることが食物中のタンパク質の含有量が多いこととイコール。

【正誤表】
:食品を口にしてうま味を舌で感じたら「この食品はタンパク質が多い」ということを意味します。
:食品を口にしてうま味を舌で感じたら「この食品はタンパク質が多く含まれる」ということを示唆します。

【所 感】
食品(文脈的に無加工かつ添加物ゼロの自然食品と解するべきだろう)を口にしてすぐに感じられる主なうま味は、グルタミン酸やイノシン酸、グアニル酸といった味覚受容体(T1R1/T1R3)と結合して活性化する程度が比較的高めの味覚物質由来が考えられるが、それを感じたからと言って、イコールたんぱく質が多いとは限らない。例えば、グルタミン酸が豊富な昆布やトマトにどれほどのタンパク質が含まれるというのか。あくまで示唆に留まると表現するべきであろう。

【疑 義】
松永氏の文体の独特のクセなのかもしれないが、物事の仕組みの一部を切り取って単純化して言い切ってしまう傾向を感じてしまうのは筆者だけであろうか。ジャーナリストとして「思う」などと曖昧な表現方法を取らない点においては敬意を表したいが、同時に科学カテゴリの情報発信において「言い切る」ことの重みを自認なさるべきではと愚考する。


65行目周辺  そして、MSGは、食品中に含まれるうま味と同じものであることが伝えられます。現在、MSGは発酵法で糖蜜などから作られていますが、できる化学物質は、食品に自然に含まれるものとまったく同じ。「なのに、どうしてMSGだけを嫌うの?」というわけです。
※引用元(BuzzFeed Japan

【形成され得る読者の印象】
MSGの化学的な組成が自然に含まれるうま味とまったく同じである。

【正誤表】
MSGは、食品中に含まれるうま味と同じものであることが伝えられます。現在、MSGは発酵法で糖蜜などから作られていますが、できる化学物質は、食品に自然に含まれるものとまったく同じ。
MSGは、食品中に存在するうま味物質を構成成分とする化合物と同じ化学的組成であることが伝えられます。現在、MSGは発酵法で糖蜜などから作られていますが、できる化学物質は、食品に自然に含まれるものとまったく同じ。

【所 感】
MSGの立場を改善するための発展的な場であるために、登壇者や記者の語気がある程度強まるのは理解できるが、世界を巻き込んだ一種の科学フォーラムでもある性格上、当日の発表であれ、後日発信されるレポートであれ、些細な表現の粗が命取りになりかねないことに留意すべきではなかろうか。グルタミン酸塩=うま味であるという何気ない誤情報がどれだけの科学的・文化的な損失をもたらすのか、その配慮が欠けていることさえ誰も気付かないとしたら、その誤解は織り込み済みであると揶揄されても文句は言えないだろう。仮に登壇者の発表内容が不明瞭あるいは間違っていたのなら、松永氏は科学ジャーナリストとしてレポート文中に補足をすれば、それは一定の緊張を強いられる公的な場における他者の軽微な言い間違いとしてカバーできたことだろう。つまり、それが無いということは、松永氏のグルタミン酸塩=うま味物質であるという当時の誤認識がその表記を許容したという解釈が生まれても仕方ないのではなかろうか。

【疑 義】
基本的には55行目に対する疑義と同様。追加で言及するならば、松永氏のこの記事は味の素社の公式サイトの同フォーラム紹介ページでも引用されており、その点からも記事の科学的整合性チェックがどのように行われたのかについては少々疑問が残る。同氏は他にも味の素社の商品の安全性等を解説する寄稿を行っており、これにより同社との間に一定の信頼関係が存在していることがうかがえる。それらの発信自体は、味の素社の研究チームによる科学的根拠が後ろ盾となっているため大変に有意義なものだが、記念すべき第1回の海外フォーラムで、有識者によるレポート記事にもかかわらず、誤情報が訂正されずに掲載された経緯については注視せざるを得ない。その過程で行われた校正プロセスは現時点で明らかではなく、筆者がまだ認識していない別の問題が潜んでいる可能性もある。


総 括

 MSGはグルタミン酸塩(グルタミン酸ナトリウム)であり、うま味物質を構成成分とする自然由来の化合物と同一の化学的組成とは言えるが、うま味物質の本体であるグルタミン酸とは異なるものである。仮に松永氏の誤認識でないとしたら、各指摘行において共通しているのは、グルタミン酸塩=うま味(物質)という図式の”強調の意図あり”と受け取られても仕方ないほど表記の不正確さが徹底していることだ。現在は認識を新たにしている可能性も否定できないが、いち科学ジャーナリストとして、不正確ないしは一般大衆に大きな誤解を招く情報発信を行った過去の実態をもって今回は指摘をさせて頂いた。なぜなら、インターネット上の情報は随時訂正可能であり、公開から約6年半が経過した2025年3月現在も未対応のまま維持されているのは、誤情報の発信を肯定し、それを能動的に維持していることと同義だからだ。

最後に

 今回の松永氏の記事は、誠に遺憾ながら、科学ジャーナリストとして「うま味」に関する理解不足と読み取れる実態がある。2018年当時であれば、論文検索などを活用し、十分に最新の知見を得ることが可能であり、何よりフォーラムの現場にはより確かな見識を持つ研究者や専門家が数多くいたはずである。ここから見えてくる重要な点は、今回のような科学的見地からのレポートという形態において、特定分野に特化したジャーナリストも、現地の誤情報や言い間違いを看過する可能性があるということ。以後、その誤認識が当人の認知バイアス(=経験などによる思い込みや先入観など)として働けば、誤情報への確証バイアス(=自分を肯定するための情報ばかり集めてしまうこと)にも発展し得るということだ。そして、そこから不特定多数に向けて発信されるバイアスの掛かった不正確な情報が、「有識者による発信」といった権威付けによって本来あるべき指摘をくぐり抜けたとしたら、それは大きな障害となって一般大衆の(この場合はうま味の)理解をより煩雑なものにしていく。これは何も松永氏に限らず、うま味の情報発信をする全ての関係者に共通して言えることでもある。

 味の素社公式サイトに掲載されている同フォーラムの要約文「MSGは食物や母乳に含まれる物質で、料理をおいしくするツール、おいしい減塩の実践に有用だといった正しい情報提供と教育の重要性が共有されました。」と締めくくられていることはその好例と言えよう。察しが良い方はこの文章に違和感を抱いたことだろう。そう、母乳に含まれるのは基本的に遊離型グルタミン酸であり、MSG=グルタミン酸ナトリウムが構成成分であるとは現実的に言えないため、もはや正しい情報提供ではなくなっているのだ。これは、味の素社の中にさえ「うま味」の不明確な認識の実態があり得ることを如実に示している。企業の規模が規模だけに、やむを得ないという見方も出来るが、肝心要のMSGの正しい理解を促す情報発信において、科学的な整合性チェックが行き届かなかった点は残念である。※参考までに、味の素社の公式サイト内の各ページでも、母乳に含まれる成分がグルタミン酸表記のケースとグルタミン酸塩表記のケースがあり、表記ゆれの実態を見て取れる(2025年3月12日現在。同年3月21日追記:味の素社より修正を検討する旨の回答あり)。

 さて、BuzzFeed Japanの松永氏の記事は2025年3月12日現在、被リンク数:278、参照ドメイン数:74で、その数も徐々に増加しているため、元メディアの読者のみならず今後もリーチしていく可能性が高い。また、料理研究家リュウジ氏が同記事のリンクを引用ツイートした2018年当時、同氏のTwitterフォロワー数は少なくとも100万人以上はいたと思われ、そこで当該記事を読んだであろう多数の人々への影響の大きさ(※)を思うに、掲載元のBuzzFeed Japanサイドには速やかに経緯を含む訂正記事をアップし、元記事の引用先に通達するなどの対応を求めたい。公開後、長い時間が経過した現時点では、むしろ、その方がうま味に対する正しい理解を広く改める好機の創出という意味において価値あることと言えよう。※追記:2021年9月24日にも同氏から再引用されている。

 例えそれが叶わずとも、本稿の内容が僅かずつでも広がって、うま味に対する正しい理解が一般的にはスムーズにいかない現状、更には科学知識を持った者さえ誤認識をしてしまう「うま味」の概念の煩雑さを改めて意識する機会となれば、この問題提起は意義あるものになると筆者は考える。誤解を避けるために申し添えると、筆者はうま味調味料そのものについては否定派でも支持派でもない。ややもすると、本稿を松永氏や味の素社への攻撃と捉える読者もいるかもしれないが、筆者の本意としては、日本の食文化において、うま味の科学的概念の正しい理解とその適切な活用が図られる未来をこそ最重視しており、そのために敢えてうま味の呼称を変更する提唱も行っている。今回の指摘がうま味活用の有意義な発展に繋がることを願ってやまない。


【追記】内言語的な干渉の可能性

 65行目周辺の疑義で述べた「筆者がまだ認識していない別の問題」について、【最後に】を書き終えた時点で新たな気づきを得たため、ここで整理し考察を深めていきたい。それに合わせて冒頭の導入文も修正した。

 注目すべきは松永氏が記事中で用いた「うま味」という言葉単体の意味だ。それが文脈によって味覚(現象)」を指す場合と、「味覚物質」を指す場合とに分かれていることをお分かり頂けるだろうか。これは、単なる表記揺れなどとは性格が異なり、全く別の言語的な問題を示唆している。この点を深く掘り下げるために、まずは状況を整理していく。

  • 44行目のうま味:明確に味を指しているので「味覚現象」としての解釈が妥当
  • 49行目のうま味:結合して~なるという流れから「味覚物質」としての解釈が妥当
  • 55行目のうま味:MSGと同じという表現から「味覚物質」としての解釈が妥当
  • 58行目のうま味:舌で感じるという表現のため「味覚現象」「味覚物質」の両方に解釈可
  • 65行目のうま味:食品中に含まれるという表現から「味覚物質」としての解釈が妥当

 比較のために、他の基本4味味覚現象味覚物質をまとめると以下のようになる。

  • 塩味の味覚現象は「塩味」、味覚物質は「
  • 甘味の味覚現象は「甘味」、味覚物質は「
  • 酸味の味覚現象は「酸味」、味覚物質は「
  • 苦味の味覚現象は「苦味」、味覚物質は「苦味物質またはカフェインやポリフェノールなどの物質名

 対して、うま味の味覚現象は「うま味」、味覚物質は「うま味物質またはグルタミン酸やイノシン酸などの物質名」となる。

 なぜ、松永氏の文章では「うま味」という1単語に味覚現象味覚物質という2種類の意味が集約していたのか。

 筆者は、日本語話者特有の内言語的な干渉の問題が関わっていると推察する。つまり、当時の松永氏の思考内では「うま味」と「旨味」という同じ音韻(UMAMI)の2単語が干渉し合っていたのではないかという考え方だ。

 「旨味」という言葉の用法の実態には、食物の漠然とした味の良さ(現象)を表す場合と、美味しい味の要素を漠然と(物質)化して表す場合がある。

現象の例:「この新鮮なカニの旨味がたまらない」
 →この場合の「旨味」はカニ特有の美味しさ、感覚的な魅力を指し、具体的な物質は特定されない。

物質の例:「旨味が凝縮された新鮮なカニ味噌」
 →この場合、「旨味」が物質的な要素として示唆されており、「凝縮された」という表現がその物理的な性質を強調している。

 そのような「旨味」の認識の二面性が音韻の同じ「うま味」という言葉の理解に「存在しないはずの物質的な特性」を無意識下に生じさせたのではないか。また、その干渉が「うま味」の知識習得や学習面にも影響し、「うま味物質」という表現の重要性が語彙の序列的に低下していたのではないか。

 その可能性を示唆する事実として、松永氏の当該記事は科学カテゴリのレポートにも関わらず一度も「うま味物質」という表現が用いられていない。本稿のこれまでの指摘で「(味覚の)うま味」と「うま味物質」の使い分けが正しい理解のためにいかに重要かは既にご理解いただけていることと思う。

 干渉が実際にあったかどうかの真実を確かめることはここでは出来ないが、今回、うま味に関する誤った認識を助長する情報発信が、認知度の高いメディアで公然と行われてしまった因子のひとつに日本語の言語的な環境要因がある可能性は、問題の本質を詳らかにする上で注目すべき要素と言えよう。

 ところで、このような内言語的な干渉は松永氏のみならず、日本語話者であればほぼ全員が等しく受けるものである。当時の松永氏に仮に先述の干渉があったにせよ、そこから生まれた誤表現を前に、同様の干渉を受ける日本語話者が直ちに誤りだと認識するのに一筋縄ではいかないことにも理解の余地がある。その意味において、結果として訂正されることなく記事が世に出てしまったこと、また、誤りそのものについても、松永氏本人だけの責とするべきではないという視点も重要だと考える。

 むしろ、うま味の命名から100年以上、言語的な干渉のリスクが放置されてきたことこそが問題である。筆者の提唱内容にも符合するが、うま味の呼称を変更することが、今回のように科学的知識を持つ者さえ誤認識に至りかねない混同の危うさを排除し、うま味という科学的概念の正しい理解を広めていく土台づくりとして極めて重要だと考える。ご興味のある方は筆者が発起人を務める「うま味を滋味に言い換えようの会」のサイトをぜひご一読いただきたい。

関連リンク:

https://www.buzzfeed.com/jp/wakimatsunaga/ajinomoto-vs-fakenews
https://www.ajinomoto.co.jp/products/detail/?ProductName=ajinomoto
https://www.ajinomoto.co.jp/products/detail/?ProductName=yasashio

参考資料:

https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk/60/8/60_456/_pdf/-char/ja
技術用語解説「うま味(Umami) 」日下部裕子

https://www.umamiinfo.jp/pdf/ikedakikunae_03.pdf
池田菊苗教授 学会原稿和訳(特定非営利活動法人 うま味インフォメーションセンター)

味わいの認知科学(2011 日下部裕子・和田有史、勁草書房)

2025年3月26日修正
以下の文中に「うま味物質を含有する化合物」という表現が含まれていたが、「含有する」が成分比の少ないものを示唆する印象を形成する可能性に配慮し、より適切な表現として「構成成分とする」に修正した。分子量の比率的には「主要成分とする」と表記しても良かったが、敢えてそうしなかったのには、グルタミン酸ナトリウムがグルタミン酸の「うま味」だけでなくナトリウムの「塩味」も呈するため、味質の実態を強調する文脈上の意図が込められていることをご理解いただきたい。

  • 49行目【正誤表】【所感】
  • 55行目【正誤表】【所感】
  • 65行目【正誤表】 
  • 総 括
フジワラコウ

筆者 フジワラコウ

コラムニスト。主に「食」に関する随筆的コラムを手掛ける。人間の心の琴線に触れるような奥深い食の世界を探求し、独自の視点で発信中。 元日本フードアナリスト協会認定講師、元日本ソムリエ協会認定講師。テレビ・ラジオ・雑誌・Web媒体ほか各種メディア出演実績あり。座右の銘は「神は細部に宿る」。うま味を滋味に言い換えようの会・発起人。同名義で音楽家としても活動中。